うき親に言われるまま公務員になった毒親育ち。24歳の2月、リュック1つで家を出て、保証人ゼロ・貯金50万で自分の部屋を確保。10年勤めた市役所を辞め、今は「逃げ方の実務」を発信中。
詳しいプロフィールはこちら
------------!特集記事!------------
「うちは毒親ってほどじゃない…はず」と思いながら読んでいるあなたは必読。


5年後、親の支配に気づいて人生を取り戻せる人と、「考えすぎだよね」と流したまま30代・40代まで心をすり減らし続ける人の違いとは…?
なぜか「自分は大丈夫」と思い込んでいる人ほど気づけない【5つのサイン】を公開。
- 「会ったところで傷つけられるだけなのに母を恋しいと思う気持ちも僅かに残っていてやり切れません…」
- 「…それなら虐待について筋を通して欲しいと思うのは、そんなに悪いことでしょうか…」
「親と離れて平穏に生きたい!」
「自分の人生を取り戻したい!」
そう願ってこれからの生活を考えたとき、
誰もが喉元に突き刺さるのが、
「毒親の老後を見捨てることへの罪悪感」じゃないでしょうか。
実は僕も、24歳で親を置いて実家を出た一人です。
大体、親の老後って世間や親から投げつけられる「義務」や「正論」が多すぎるんですよね。
育ててもらった恩があるでしょう!
あんな親でも親なんだから、面倒を見るのは子どもの義務ですよ!



そんな正論を言われたって、こっちは心も体も壊れそうなのに…
法律でも親族の扶養義務が定められています!親を見捨てたら訴えられますよ!



そんな法律のこと言われても…じゃあ自分が犠牲になって一生介護しろってこと!?
24歳で家を出た朝、僕には「親を見捨てるのか」という罪悪感と、
「これから僕の人生が始まる」というワクワクが同時に来ました。
それでも僕は、そのまま家を出ました。
そして家を出たあとも、
夜中に突然目が覚めて、
「あの人は今ごろ、一人でご飯を食べているんだろうか」と考えました。
そこで今回は、
あなたが同じように罪悪感で身動きが取れなくならないよう、
自身も親を置いて家を出た僕が、条文と行政の文書、当事者の声から整理した、「親の老後を手放す1+3つの結論」をお伝えします。
細かーいことは取っ払い、
とにかく現実重視で、あなたが今夜、自分を責める材料をひとつ減らせるよう、
徹底的に本質的な事実を、たった1+3つだけに絞りました。
「1+」というのが気になると思いますが、
要するに「親の老後と向き合う基盤となる大前提がひとつあって、それを理解したうえでの3つの事実」ということです。
もったいぶらずに結論をお話ししますと、親の老後を手放す1+3の結論は、これです。
大前提:あなたは親を見捨てるのではなく、親の人生の責任を親本人に返す!
↓そのうえでの3つの事実↓
① 法律は「扶養をする義務がある」とは書いているけれど、あなたの生活を壊してまで親を介護しろとは決めていない
② あなたが背負わなくても、親の行き先(公的支援)は最初から社会に実在する
③ 役所から連絡が来ても、毅然と断る言葉が用意されている
この真実を掴むと、
「恩が~」
「冷酷なのか~」
「親不孝なのか~」と自分を責め続けることなく、
親の老後を背負わずに自分の人生を守る、その足場にしてもらえたらと思います。
法律や行政の難しい言葉は使いませんが、
最後まで読んでみて、
あなたが自分を許せそうかどうかを決めていただければと思います。
では、順番にお話ししていきますね。



先にちょっとネタバレしておくと、
一番やってはいけないのは、「自分が我慢して親の面倒を見れば丸く収まる」という自己犠牲!
その罪悪感、親の老後が頭をよぎった日から、ずっと一人で抱え込んでいませんか?
【うきのプロフィールと実績】
就職先の市役所が実家から歩いて20分。引っ越す理由が見つからないまま実家に戻るも、
出かけるたびに行き先を報告させられ、不機嫌と無視が続く毎日に限界を感じる。1年は耐えたが、2年目で限界。ついに決死の家出を決意する。
しかし、届いたアパートの契約書を勝手に開けられて計画が親にバレ、「契約解除してこい」と言われる。
それでも引き下がらず、「してきます」と嘘をついて水面下で準備を続行。
実家で暮らしながら、仕事帰りに1人で不動産屋へ通った。
約2ヶ月で準備を整え、保証会社を使って自分名義で部屋を契約。貯金をフルベットしてリュック1つで脱出に成功。
実家時代にずっと欲しかった「自分暮らし」を実現。
現在は当事者の立場から、同じように「出たいのに出られない」人に向けて、逃げ方の実務を発信している。
親ばなれのイエ 実家を出たいのに出れない理由とは?毒親とのつながりを絶って自立する3つの順番 「アパートの借り方もわかりません」と悩み、実家を出たいあなたへ。貯金50万円・保証人なしで部屋を借りた初期費用の内訳や、親とのつながりを絶つ手順が分かります。今夜...
毒親の絶縁であなたが罪悪感を持つのは当然。抱え込んだまま心身を削っている人がいます


- 「親の事で頭痛や嘔吐、精神不安定になり育児にも支障が出る…」
- 「断っているのですが見捨てるような罪悪感もあり、とても苦しんでいます…」
毒親との絶縁を考えるとき、
その多くの方が「見捨てる罪悪感」に苛まれていると思います。
親から離れたい一心で拒絶したはずなのに、
ふとした瞬間に「見捨てる自分は冷酷なのでは」と責めてしまうわけです。
あなたがいま抱えている苦しみも、
そうやって生まれたものではないでしょうか。
しかし、毒親問題に向き合う大前提はこれです。
罪悪感に苦しむ自分を責めない!
かなりびっくりされたかもしれません。
「罪悪感を持たずにどうすんだよ!」と。
しかし、
親のことで頭痛や嘔吐、精神不安定に苦しみながら、
その上「罪悪感」まで抱えて苦しんでいる人が実際にいます。
もしあなたが罪悪感で押しつぶされそうになっているなら、
この記事でお伝えする事実から、
もう一度自分の状況を見つめ直してみてください。
自分を責める理由のいくつかは、事実で外せるはずです。



え、親のことで吐き気がするほど苦しくて、
がっつり自分が冷酷な人間なんだと思ってたんだけど…



そう思ってしまう気持ち、わかるよ。
でも、それは毒親から離れようとするたくさんの人がハマる罠なんだよ。
老後の問題に向き合う前に「法律で親と縁を切ることはできるのか」と疑問を感じているあなたには、こちらの記事が参考になるはずです。子どもの側から親子関係を解消する制度がない現実と、安全に離れる方法、縁を切ったあとの生活やお金について、僕の視点からまとめています。
>>親と縁を切ると後悔する?1年間連絡を絶った僕の心情と安全に離れる4つの方法
親のことで頭痛や嘔吐が出るほどなのに、断れば罪悪感。同じ当事者は実在する
ここでお伝えしたいのは、
親を拒むことと、体に出る不調は、
あなたが冷たい人間かどうかとは別の話だということです。
頭では「もう関わりたくない」「断るのが当然だ」と分かっていても、
心と体まで同じように割り切れるとは限りません。
実際に、親のことで頭痛や嘔吐が出て、そのために断っているのに、
罪悪感で苦しんでいる人がいます。
(…)行くあてが無くなった母が私の方へと擦り寄ってきました。
親の事で頭痛や嘔吐、精神不安定になり育児にも支障が出る為(娘に皺寄せが行ってしまう)断っているのですが見捨てるような罪悪感もあり、とても苦しんでいます。(出典:発言小町)
もちろん、
どれほど理不尽な毒親であっても、情や愛着が綺麗さっぱり消えるわけではありません。
ここで当事者が直面しているのは、特に
- 親のことで頭痛や嘔吐など身体に症状が出るほど追い詰められている状態
- 会えば傷つけられると分かっているのに母を恋しいと思う、矛盾した感情に引き裂かれる状態
の2つの苦しみだと思ってください。
僕自身も、家を出る日の朝に「親を見捨てるのか」という罪悪感がよぎりました。
頭痛や吐き気こそ出ませんでしたが、罪悪感を抱えたまま家を出た、という点は同じです。
その朝に何があったかは、次の章で話します。
つまり、あなたが「頭では断るのが正しい!」と分かっていても、
- 「体に耐えがたい負荷がかかっていないか?」
- 「心身の健康を削り取られていないか?」
この観点で見ると、
さっきの投稿者は頭痛や嘔吐に苦しんでいるわ育児に支障が出ているわで、「精神的にかなり疲弊している」と書いていました。



「親のことで頭痛が出る」って、
私の心が弱いんじゃなくて、体が限界を訴えてたんだ……



そう思っていいんだよ。
体に出ている不調から目をそらさずに、「自分は限界なんだ」と認めてあげることが何より大切だよ!
「なんであなたに筋を通さなきゃいけないの?」過去を棚上げして老後を迫る親
さて、
親から老後の面倒を迫られる場面で、
実際に当事者が書き残している、親のひとことがあります。
それが、これです。
「なんであなたに筋を通さなきゃいけないの?」
過去に子どもを傷つけたことを軽く扱ったまま、
年老いると、老後の面倒を見てほしいと言ってくる親がいます。
虐待について筋を通すことは拒みながら、
面倒を見ることだけが求められる、
それがこの投稿に書かれている形です。
具体的には、実際に年老いた母親から老後を迫られた当事者の次の記録をご覧ください。
「なんであなたに筋を通さなきゃいけないの?」これは、つい先日、70近い母親に言われた言葉です。(…)老後の面倒をみて欲しいという話だったのですが、それなら虐待について筋を通して欲しいと思うのは、そんなに悪いことでしょうか。
(出典:note)
高齢になった毒親の中には、
「親の面倒を見るのは子どもの義務」、「育ててやった恩」
を持ち出して子どもを縛ろうとする親もいます。
これらは、子どもの人生を食いつぶす危険な要求であり、
安易に受け入れてはいけないことです。
「年老いて可哀想だから」「あんな親でも親だから」と情に流されて要求を呑む、
これは完全に赤信号です。
なぜ、親からの身勝手な要求を断っているのに、これほど強烈な罪悪感に苛まれるのか?
その答えの1つは、子どものころに植えつけられた責任感だと僕は考えています。これは章をあらためて話します。
年老いた親から、
目の前で「老後の面倒を見てほしい」と言われた瞬間をイメージしてみてください。
親の弱々しい見た目や哀れな言葉に惑わされず、あなた自身の心に注目してください。
激しい理不尽さを感じながらも、見捨てるような罪悪感もあり、とても苦しみますよね。
その場では「絶対に無理だ」ときっぱり拒絶できたとしても、
親を拒絶したという事実を一人で抱え続けていては、
当然あなたの精神が削り取られ続けるのは避けられません。
また、あまりに親の老後を一人で背負い込みすぎていると、
自分の生活に支障が出てしまうというのも容易に想像できますよね。
その状態では、
親から連絡が来るたびにいちいち自分の生活を削らなければなりません。
心身の平穏とは真逆の方向に突き進んでいます。
もちろん、
だからといっていきなり「親を完全に嫌いにならなければならない」とか、安易に結論付ける必要はありません。
ですが同時に、
親の哀れな姿にほだされて安易に老後の面倒を引き受けるのも、自分の生活を守る上では本気で危険だということを知っておいてくださいね。
「親は親」という世間の正論は、毒親の現実を知らないからこそ刺さる
どんな親でも親は親でしょ?育ててもらった恩があるのに見捨てるなんて冷たすぎるよ
ここで断言しておきたいのは、
そうした「世間の正論」は、あなたの家庭内で何が起きていたのかを知らない人の言葉であるという事実です。
そうした経緯のない家庭で育った人から見れば「親不孝」に見えるかもしれません。
けれど、暴言や支配を受けてきた当事者にとって、
親と距離を取ることは「自分の生活と心を守るための当然の選択」なのです!



でも……うちはそこまでひどくないのかも、私が甘えているだけなのかな……



その迷い、わかるよ。僕も24歳で家を出る日の朝、「親を見捨てるのか」という罪悪感がよぎったんだ。
次の章で、僕が家を出た朝の話をするね。
なお、現在実家暮らしで「今すぐ家を出たいけれど親を置いて逃げられない」と悩んでいる方は、先に毒親から逃げる引越し完全ガイドをご覧ください。
ここでは、すでに断っているのに罪悪感で苦しんでいるあなたに向けて、その罪悪感とどう付き合うかを話していきます。
親を置いて家を出た朝の罪悪感。引き返せば自分の人生を親に明け渡していた


さて、「断っているのに苦しいのは甘えではない」という前提をご理解いただいたところで、
いよいよ僕自身の体験から、その罪悪感とどう向き合えばいいのかをお話ししていきます。
まず最初にお伝えしておきたいのは、これです。
親を置いて家を出た朝、
罪悪感が湧いても、
その足を絶対に止めてはいけないこと
言い換えると、
「湧き上がる罪悪感に負けて毒親の元に引き返せば、自分の人生を親に丸ごと明け渡すことになる」ということです。
親への罪悪感から中途半端に同情を残してしまうと、自立と支配の間で心が宙ぶらりんの状態で、ずっと親の人生を背負い続けることに……
この精神的な負担は相当なものです。



僕の場合は、あの朝に引き返さなかったことが、
今の生活につながっています。
24歳の僕はリュック1つで毒親の元から脱出した
まず最初に、これは僕が24歳だったときの話です。
家を出る直前に「親を見捨てるのか」という罪悪感がよぎった、あの瞬間のことです。
最後の朝食は、半熟の目玉焼きとおなじみの白パックの納豆。
そして見送る親の「行ってらっしゃい」というぶっきらぼうな声を聞いたとき、
罪悪感がよぎりました。
僕の場合は、「親を見捨てるのか」という罪悪感と「これから僕の人生が始まる」というワクワクの二面がありました。
こんな感じで、
リュック1つの軽さとは裏腹に、「親を見捨てるのか」という罪悪感とワクワクを抱え、
ドアを閉めた瞬間に焦りと安堵で体の緊張が一気に緩んでしまったのです。
先ほどお話しした、「罪悪感に負けて引き返せば、自分の人生を親に明け渡すことになる」という意味が、お分かりいただけたでしょうか。
言わずもがな、あの「行ってらっしゃい」の声に引きずられて引き返していたら、自分の人生を生きられるはずもありません。
取り返しがつきません。
「あの人は今ごろ一人でご飯を…」夜中によぎっても僕はそのまま眠れた
一方、絶縁して家を出たあと、僕の心に起きていた変化は、このような状態でした。
夜中に突然目が覚めて、「あの人は今ごろ、一人でご飯を食べているんだろうか」とふと思う瞬間はありました。
でも、引きずるほどのことではなく、ふと思っただけで、僕はそのまま普通にすぐ寝たのです。



罪悪感がゼロになるのを待つ必要はありません!ふと頭をよぎっても、そのまま眠ってしまえばいいんです!
ちょっと補足:親に返すときの「中途半端に関わる」はNG
また、親の老後の考え方からは若干話がそれますが、「親への返し方」も、この観点から説明ができます。
具体的には、「中途半端に関わる」はNG。
たとえば、
返すと決めたのに連絡が来るたびに応じていると、
どうやったって自分の側に線が引けません。
本当は、連絡の頻度と、話す話題のほうを先に決めておく必要があります。
線を引くのは、罪悪感が消えてからではなく、消えないまま引いていいものです。
結論をもう一度お伝えしますと、
罪悪感が湧いたときに思い出すべきは、
「親の人生そのものを、子が代わりに生きる必要はない」
ということです。
「自分は冷酷なのではなく、境界線を引いているだけだ」と整理できると、
心への負担や自己嫌悪を減らす手がかりになる、と僕は考えています。
親からの罪悪感の刷り込みは長年の環境で作られたものなので、
自分で意識しない限りは「あんな親でも親だし…」とか、「見捨てる私はひどい人間なんじゃないか…」とか、自分では思考の癖に気付けないもの。
しかし、
この向きを自分の中で切り離せるかどうかが、自分の人生を守り切れるかどうかの分かれ目です。
まずは、「自分が冷酷かどうか」で悩むのをやめませんか?



僕も当日の朝は、罪悪感がよぎりました。
でも、感情ではなく事実で割り切ると、少なくとも罪悪感を判断の材料にしなくて済みます。
じゃあ、何で判断すればいいのか、次の章で詳しくお話ししますね。
親の老後は見捨てるのではなく親へ返す。背負えばあなたの将来まで潰れます


改めてあなたにお伝えしたい、親の老後問題の根本的な結論は、これです。
親の老後はあなたが見捨てるのではなく、親本人に返す
ここでいう「返す」とは、
親を恨んで冷酷に突き放すことではなく、
本来の責任の所在に戻すことです。
親の生活が破綻する不安を、まずは親自身の課題として切り分ける。
それが、この記事でいう境界線です。
罪悪感で押し潰されることもなく、
淡々と「自分には無理だ」と自分の生活を守れている、
そういう状態を指します。



この境界線が、「自分が冷たい人間だから親を見捨てるのか」という苦しい自責から抜け出す足がかりになる、と僕は考えています。
「見捨てる」と悩む時点で、親の老後の責任を背負わされている
まずは、多くの人が陥ってしまう「罪悪感の罠」から見ていきますが、
なぜ苦しいのかを把握するのは簡単です。
ここで一度、「健全な大人の親子関係」がどういう形か置いておきます。
親は自分の年金と貯金で暮らし、子は子で自分の生活を回している。
連絡は取るけれど、どちらかが相手の生活を背負ってはいない。
見たことがなくても構いません。比べるための物差しとして置くだけです。
このとき、親の機嫌や生活の破綻を子が全部背負わされていたら、健全な関係というか、かなり無理がある状態ですよね。
大体、そんな重荷を一人で背負い続けるの、心も体も疲れて疲れてしょうがないんじゃないかと思います。
ところが、「見捨てる」という言葉をそのまま受け取ってしまうと、親の人生の責任を自分が背負わされている状態のまま悩み続けることになります。
客観的に見れば、
子が親の人生を丸抱えするのはどう考えても無理な話だと伝わるかとは思うのですが、
いざ自分のこととなるとどうでしょうか?
この罠に陥っている具体的な目安として、
親から老後の面倒を求められたときに、「断ったら自分が冷酷な悪人になるのではないか」と自分を裁いてしまう状態になっている。
これは、「親の責任を勝手に背負わされているサイン」です。
「見捨てる」という言葉を使った瞬間に、「本来は自分が親を丸ごと養うべきなのに放棄した」という、条文にも書かれていない前提に立たされてしまいます。
そうではなく、「誰が親の老後資金を用意すべきだったのか」という元の責任の所在を確認してくださいね。



親の老後の責任まで全部背負わされたら、自分の将来や生活が守れるかっていうと…



どう見ても二人とも立ち行かなくなるな……
というのがお分かりいただけると思います!
「母を恋しい」と揺れる感情があっても、老後を断る判断とは別だ
一方で、最初に紹介した発言小町の投稿者は、同じ投稿の中でこうも書いています。
会ったところで傷つけられるだけなのに母を恋しいと思う気持ちも僅かに残っていてやり切れません。
(出典:発言小町)
会えば傷つけられると分かっていても、恋しさは残る。
苦しみの中にいる人でも、この2つを1つの文の中に並べて書いているんですよね。
僕自身も、家を出たあとの夜中に、母のことをふと考えたことがありました。
親を気にかける気持ちがよぎることと、実際に自分の生活を差し出して親を養えるかどうかは、完全に別の話です。



「まだ情が残っている自分」を責める必要はありません。
感情と現実の生活防衛は、きっちり分けていいんです!
子供に捨てられた親の末路ではない。自分の人生を引き受ける親の末路だ
このように、
単に罪悪感や「親を見捨てる自分は冷酷か」という自己判定だけで老後を引き受けてしまうと、想像もしていなかった負担が自分の生活にのしかかって、
親子そろって立ち行かなくなります。
あなたの「見捨てたら親が野垂れ死ぬのではないか」という恐怖。
その出どころを辿ると、親に言われてきた言葉に行き着くことがあります。
そして、親が老後の備えをしてこなかったことと、あなたが冷酷かどうかは、別の話です。
ちょっと厳しい言い方になってしまうのですが、
あなたが自分を責めて親の老後を丸抱えしても、
親の根本的な問題は1ミリも解決しません。
これは断言できます。
……しかし、こんなことをいうと、きっと疑問に思われると思います。
「じゃあ親の面倒を見ないなら、一体誰が親を支えるんだよ!?」と。
しかし、あなたが身銭を切って背負い込む前に、
次の章で確認すべき制度の事実はきちんと存在します。
本当にこの問題で大事なことは、あなたが冷たい人間かどうかではなく、
「誰が親の生活を実際に支えるか」です。
あなたが冷たい人間かどうかは、この問題と関係がありません。
問われているのは、親の生活を実際に誰が支えるかです。
「冷酷」「薄情」「親不孝」「恩知らず」といった非難は、
すべて「あなたの人格についての言葉」でしかありません。
多くの方が毒親の老後を考えるとき、
こちらの「自分が親不孝かどうか」という人格を気にして、つまり「自分を主語にして」老後問題を考えてしまいがちです。
これが、「見捨てる罪悪感」に直結します。
しかし、
本当に老後問題で考えるべきなのは、あなたの人格ではありません。
その老後によって「誰が最終的な生活の結末を引き受けるべきなのか」のほうです。
毒親の老後は、「親自身の人生を主語にして」考えるべきなんです。
だって、あなたがどれだけ親に尽くそうがお金を注ぎ込もうが、
結局それであなたの将来や生活まで破綻してしまったら、何の意味もないですよね。
逆に言えば、世間や親が何と言おうが、あなたが自分の生活と将来を守り切って平穏に暮らせれば、それでよくないでしょうか?
ですから実際のところ、
自分が冷酷かどうかとか、親にどう思われるかといった悩みを、あなたが一生懸命抱え込む必要はまったく無いと僕は思っています。
そうではなく、
「高齢になった親の生活に対して公的な制度はどうなっているのか?」を事実として確認し、自分の生活を守る境界線を引くことなんです。
そうすれば、親の老後の責任を、あなた一人で丸ごと背負い込まずに済みます。
ですから、ここから具体的な親の老後への対処法をお話ししていくのですが、その中に親との和解とか親孝行とか、あなたの人格を裁くような話は一切出てきません。
「公的な制度が何を定めているか」、つまり「制度と事実」を主語にした現実的な話のみをしていきます。



罪悪感ではなく、自分の生活を守る基準で選ぶ対応は、
最初は怖さがあるかもしれません。
一時的な罪悪感の回避と、あなたの一生の人生、どっちを取りますか?



親を可哀想だと思う情を手放すのは怖いけど……本当に自分の生活を守れるなら、その制度の事実が知りたい!



じゃあもうちょっとだけ聞いてってもらえると嬉しい!
次の章で制度の事実をめちゃくちゃカンタンに説明するから!
親との和解や話し合いではなく、公的な制度の事実だけを扱う
もう一度繰り返しますが、
あなたが選ぶべき道は「親の老後を親本人と公的機関に返すこと」です。
- 親から老後の連絡が来ても、自分の生活を最優先に守り、
結果的に「自分には支援できません」と伝えられる状態が理想。 - 一方で、「親が可哀想だから」「育ててもらった恩があるから」と罪悪感に流されて、
自分の貯金や時間を差し出してしまう状態は避けたいところ。
これって結果的に、
「親の課題」と「自分の課題」を正しく分離できているかどうかという基準になります。
親の老後の責任まで子が背負い込んでいたら、境界線は無いのと同じです。
親の生活破綻を自分のせいにしていたら、向きが逆。
実際、親のことで頭痛や嘔吐が出て、育児にも支障が出ていると書いている人がいます。



あなたの将来まで一緒に傾いてしまわないように、誰が主語なのかに気を付けてみてくださいね!
なお、「実際に親と離れた人は、そのあとどうなったのか」が気になる方は、
僕が絶縁したあとに何が変わって何が変わらなかったかをこちらに書いています。
法律は親の介護方法を決めていない。思い込みで抱え込めば生活を削られます


罪悪感の正体を解きほぐしたら、
次は「現実の防衛」です。
確定させておくべき事実の核心は、コレ。
法律は、親の面倒を見る「程度や方法」を条文で一律に決めていない(協議が調わなければ家庭裁判所が定める)
条文にそう書いてあるからです。
ここから先の中心は、僕の意見ではなく条文と行政の文書です。
…って、「程度や方法を決めていない」とか、
条文の話をいきなり持ち出されても、ピンときませんよね。
行政の一次資料と条文の逐語をそのまま並べて整理しますから、
何が決まっていて何が決まっていないかが一発で分かるはずです。



法律なんて、親に「義務だ」って脅されたら言い返せないよ…



そうですよね。
でも実は今回の話は、
「親の介護を拒否したら逮捕されるのでは?」という思い込みの恐怖を、条文そのもので確かめるための事実確認なんです!
民法877条に扶養義務はあるが、介護の程度や方法は条文で一律には決まっていない
あなたの頭の中で、
「親族だから」という理由だけで、自分の生活を丸ごと差し出さなきゃいけないと思い込んでいませんか?
| 条文名 | 条文が定めていること | 定めていないこと |
|---|---|---|
| 民法877条1項 | 直系血族及び兄弟姉妹は、互いに扶養をする義務がある | 介護(身の回りの世話)を直接行わなければならないとは書かれていない |
| 民法879条 | 扶養の程度又は方法について、当事者間に協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、扶養権利者の需要、扶養義務者の資力その他一切の事情を考慮して、家庭裁判所が、これを定める | 自分の生活を破壊してまで親を養わなければならないとは書かれていない |
これは、民法が親族間の扶養について定めた条文の逐語です。
条文上、直系血族に扶養義務があること(877条1項)と、その「程度又は方法」は、当事者の協議が調わないときなどに家庭裁判所が一切の事情を考慮して定めること(879条)がはっきり書かれています。
「親族だから全てを背負わなければならない」という思い込みは、
残念ながら条文を正確に読んだ解釈とは言えません。
なぜかというと、民法879条にある通り、具体的な扶養の程度や方法は、当事者間の協議が調わなければ「扶養権利者の需要、扶養義務者の資力その他一切の事情」を考慮して家庭裁判所が決めるものだからです。
自分の生活を削ってまで親の介護を引き受けるということは、要するに、
法律が決めてもいない「直接の介護や同居」まで義務だと誤解して、
自分の生活基盤そのものを破壊してしまうということ。
言い換えれば、「扶養義務」という言葉の響きだけで、過剰に自分を追い詰めているということです。
ちなみに、法律上の規定について絶対に誤解してはいけない境界線は、
- 民法877条1項は「扶養をする義務がある」と定めているだけで、「介護(身の回りの世話)を直接しろ」とは一言も書いていないこと
- 「余力の範囲でいい」という言い方は、条文そのものの文言ではないこと。ただし、生活保護の運用を定めた厚生労働省の通知は、成人した子から親への扶養の程度を「社会通念上それらの者にふさわしいと認められる程度の生活を損わない限度」としている(一方で、条文を根拠に『完全にゼロでよい』と突っぱねられるわけではない)(厚生労働省 通知)
が挙げられます。
ただし、協議が調わなければ、その「程度又は方法」を決めるのは家庭裁判所で、判断材料には扶養義務者の資力その他一切の事情が入ります(879条)。
決めるときには、扶養する側であるあなたの資力も考慮される、ということです。
要するに、
条文を読んだ結果、「法律で決まっていること」と「勝手に義務だと思い込んでいたこと」の境界線を分けないまま抱え込むのは、絶対にやってはいけないということです。
この2つを分けないと、条文が求めていない負担まで自分の側に足し続けることになるから。



条文に書いてあるのは、ここまでです。
親の言う「法律上の義務」を、全部鵜呑みにして生活を削ってませんか?



えっ、じゃあ「介護まで全部法律で決まってる」っていうのは…?
刑法218条の保護責任者遺棄罪は、「保護する責任のある者」への規定だ
| 条文名 | 主体 | 要件 |
|---|---|---|
| 刑法217条(遺棄) | 遺棄した者(保護する責任を要件にしていない) | 老年、幼年、身体障害又は疾病のために扶助を必要とする者を遺棄した者は、一年以下の拘禁刑に処する |
| 刑法218条(保護責任者遺棄等) | 保護する責任のある者 | これらの者を遺棄し、又はその生存に必要な保護をしなかったとき |
老年者、幼年者、身体障害者又は病者を保護する責任のある者がこれらの者を遺棄し、又はその生存に必要な保護をしなかったときは、三月以上五年以下の拘禁刑に処する。(刑法218条)
今度は、刑事罰としてよく脅しに使われる「保護責任者遺棄罪」の条文を見てみます。
刑法218条にあるのは、「老年者、幼年者、身体障害者又は病者を保護する責任のある者がこれらの者を遺棄し、又はその生存に必要な保護をしなかったとき」という文言。
少なくとも、条文上は「保護する責任のある者」が対象であって、単に血が繋がっていることだけで直ちに全員が処罰される、とは条文のどこにも書いていない。
これは、
「保護する責任」が具体的にどう発生するかは条文に定めがなく(判例・学説による)、かつ単純遺棄(217条)の存在もあるため、「別居していれば絶対に罪に問われない」と安易に断定はできないものの、親族だからといって無条件に犯罪者になるわけではないということです。



「親を見捨てたら即逮捕」ってずっと怯えてたんだけど…
じゃあ結局、私は罪に問われるの、問われないの、どっちなの?



条文が言っているのは、
「血が繋がっているから全員アウト」ではない、というところまでです。
そこから先は個別の事情の話なので、誰にも一言では言えません。
でも、あなたが怯えていた「即逮捕」は、条文のどこにも書いてありませんでした。
家族の外に「地域包括支援センター」という公的な相談窓口がある
では、家族が背負わないなら、親の老後は誰が支えるのか。
ここで確認しておきたいのが、
「地域包括支援センター」という公的な相談窓口が存在する
という事実です。家族だけで背負わないための相談先が、制度として名前つきで存在します。
介護保険法115条の46第1項は、
このセンターを「地域住民の心身の健康の保持及び生活の安定のために必要な援助を行うことにより、その保健医療の向上及び福祉の増進を包括的に支援することを目的とする施設」
と規定しています。
生活保護法4条で、親族の扶養は「優先」であって保護の要件ではない
ここまで読んで、
「子どもが扶養を拒否したら、親は生活保護を受けられないのでは?」と思われたかもしれません。
「親族の扶養が義務なら、自分が断ったせいで親が申請を却下されて野垂れ死ぬんじゃないの?」と。
しかし、生活保護法4条2項の文言は「保護に優先して行われる」であって、1項の「要件」ではありません。
さらに、厚生労働省の令和3年2月26日 事務連絡「扶養義務履行が期待できない者の判断基準の留意点等について」では、「縁が切られているなどの著しい関係不良の場合」などが「扶養義務履行が期待できない者」にあたるとされ、そう判断された人には、基本的に直接の照会を行わない取扱いが示されています。
(出典: 厚生労働省)
同じ文書は、挙げた類型は「あくまで例示」で、直接当てはまらなくても同じ程度の事情なら当てはまるものとして扱ってよい、とも書いています。ただし、当てはまるかどうかを判断するのは、あなたでも親でもなく、保護の実施機関(役所)です。
「自分が断ったら親が死ぬ」と思い込んで自分を犠牲にするのは、間違いですよ!
役所からの連絡には、曖昧にせず「面倒は見ない」と返す方がいいという声
法的にどうこうではなく、あなたの意思確認ができないうちは市役所は連絡をし続けないといけない(…)
さっさと面倒は見ないとハッキリ伝えてください。(出典:Yahoo!知恵袋)
これはYahoo!知恵袋の回答者が寄せた言葉です。
もちろん回答者1人の私見であり行政の公式見解ではありませんが、
曖昧なままにしておくことのリスクを示しています。



さっき見たように、「さっさと面倒は見ないとハッキリ伝えてください」と書いている回答者もいます(※回答者1人の私見)。
曖昧に引き延ばさず、境界線を引く準備をしていきませんか?
役所から連絡が来ても返す言葉は1つ。動転して応じると今の平穏が崩れます


絶縁していても届く、扶養照会の書類や役所からの連絡
最後に、役所から連絡が届いたときの具体的な対応をもう一度整理しておきますね。
同じ状況の人が実際に書き込んでいる連絡には、たとえば次の2つがあります。
ひとつは親の生活保護の申請にともなって届く「扶養照会」の書類、
もうひとつは絶縁中の親が入院したらしいという連絡。
(出典: Yahoo!知恵袋 / Yahoo!知恵袋)
連絡の入り口は、あなたが身構えている形とは限りません。
実際に書き込まれている例では、
ショートメールで「市役所の生活福祉課の方から連絡がくる」と知らされたところから始まっています。
(出典: Yahoo!知恵袋)
これは1件の事例です。課の名前も連絡の手段も自治体によって違いますし、ここでの連絡は親の入院がきっかけでした。
・親の生活保護の申請にともなって届く「扶養照会」の書類
・絶縁中の親が入院したらしいという連絡
「援助は一切できません」の一言で、親の老後に関わらない意思を返す
もちろん、本当に細かい事情を説明しようとすれば、キリがありません。
何をされたか、いつからだったか、どれだけ苦しかったか。
話し始めれば、電話1本では終わりません。
ただ、限られた通話のなかで家庭の事情を説明しきるのは、こちらの負担が大きすぎます。
だから、電話で家庭内の事情を全部説明する必要はありません。まず伝えるのは「あなた自身が援助できるかどうか」です。
なお、役所はお金の援助だけでなく、電話や手紙のやり取りなどの「精神的な支援」ができるかも確認します(厚生労働省 通知)。
返す言葉はまず1つ。あとの2つは、聞かれたときと言葉が出なかったときの予備です。
これ以外は、その場で考えなくていいものです。
① まず、これだけを言う
「援助は一切できません。今後も関わる意思はありません」
② 理由を聞かれたら、これだけ足す
「過去の経緯から、関わりを持てません。金銭援助も身元引受もできません」
③ 言葉が出てこなかったら、これを言って切る
「一旦切ります。あらためてこちらから連絡します」
事情を全部説明しなくても、
まずは①から伝えてください。②は聞かれたときだけ、③は言えなかったときだけのものです。
この3つは、そのまま伝えれば法的に免責されるという意味のものではありません。役所に伝わるのは「あなたが援助できるかどうか」という意思であって、扶養義務そのものが消えるわけではありません。
その場で断れなくてもいい。一度切って、落ち着いてから同じことを伝えれば足りる
この「最初の一言」を持っておけば、動転してその場で引き受けてしまうことを防ぎやすくなります。
いつ電話が鳴るかと身構える時間も、少しは短くなるはずです。



「援助できません」の一言で切っちゃっていいなら、確かに私でも言えそう…!



もし頭が真っ白になって言葉が出なくても、それで失敗ではありません。さっきの③を言って、いったん電話を置いてしまってください。
焦ってその場で引き受けて、今の平穏を壊してしまわないようにしてくださいね…!
親の老後を断るあなたへのよくある質問。不安を放置すると迷いに気力を奪われます


ここまで読んでも、「でも、私のこの状況はどうなるの?」と不安が残っているかもしれません。
親の老後を断るにあたって、Yahoo!知恵袋や発言小町に実際に書き込まれている相談を中心に、5つに絞ってお答えします。
まとめ:毒親の老後は親に返していい。あなたが身代わりで人生を差し出すな
あなたは親を見捨てるのではなく、親の人生の責任を親本人と公的機関に返すのであって、その返す先は制度として実在します。
あなたは親を見捨てるのではなく、親の人生の責任を、親本人に返すのです。血が繋がっているというだけで、無条件に犯罪者になるわけではありません。
「毒親の老後を見捨てる」という言葉の重みに、あなたはずっと一人で押しつぶされそうになってきたかもしれません。
でも、もう一度はっきり言っておきますね。
あなたは親を見捨てるのではありません。
親自身の人生の責任を、親本人と公的な受け皿に「返す」だけです。
「親不孝」と責める世間の正論は、家庭の支配を知らない外野の言葉だ
「育ててもらった恩があるのに」「あんな親でも親は親なんだから」という世間の正論が、頭から離れない夜もあったかもしれません。
家庭の支配を知らない世間は、「親不孝だ」「最後まで面倒を見るのが子どもの務めだ」と言ってきます。
ですが、そうした正論を振りかざす人たちは、あなたの家庭の密室で何が行われてきたのかを1ミリも知りません。
その苦しみを経験していない人の言葉に、あなたのたった一度の人生を差し出す筋合いなんてないのです。
実を言うと、僕自身も実家を抜け出した直後は、罪悪感がありました。
夜中にふと「あの人は今ごろ、一人でご飯を食べているんだろうか」と考えたこともあります。
僕の場合、罪悪感が一番強かったのは家を出た直後で、それも、ふと思う程度でした。
そこから薄れていったきっかけは、時間ではありません。
家を出て1〜2ヶ月後に届いた、差出人の書いていない茶封筒の手紙です。中身は、学費と生活費の返還を求めるものでした。それを境に罪悪感は薄れていき、日々の生活を引きずることはありませんでした。
だから、少なくとも僕の場合は、その苦しみがこの先ずっと続くわけではありませんでした。
連絡の頻度と話題に自分で線を引き、あなた自身の生活を守り抜こう
「親の老後の責任は親に返していい」と頭ではわかっても、
「でも、やり切れません」「あんな親でも親だからと悩みます」と立ち止まってしまうかもしれません。
「気持ちが完全にスッキリしてから動こう」と考えていると、結局何も手につかないまま、無期延期になりかねません。
だから、気持ちなんて片付いていなくていいんです。
今日、あなたがやるべきことは、壮大な決断ではなく、たった1つの境界線を引くことだけです。
気持ちの整理がつくのを待っていると、その日は来ないから、線のほうを先に引いてしまっていい。
それは、親からの連絡に対して「返す頻度」と「話す話題」に、あなた自身の手で線を引くと決める。
それだけ。
実際、僕も連絡の頻度は自分自身で決めているし、親と話す話題にも明確に線を引いている。
親から鳴らされる連絡に、今すぐ飛びつかなくていい。親が投げかけてくる理不尽な話題に、真正面から付き合わなくていい。
役所から連絡が来たときに返す言葉を1つだけ手元に用意し、電話に出る頻度や話す内容を、あなた自身のペースでコントロールする。
今日は、これだけでいいんです。
親の老後を背負わないための最大の防衛策は、あなたが親の手の届かない場所で、自分の生活基盤を確立していることです。
実家に縛られていたり、実家の住所のままでいると、どれだけ知識を詰め込んでも、罪悪感の力で引き戻されかねない。
僕が24歳でやったように、まずは自分の城(部屋)を確保するところから始めませんか?






「このまま親の言いなりで生きて本当に大丈夫だろうか…」
「でも、何から始めればいいかわからない…」
そんな毒親育ちのあなたのために脱出ロードマップを作りました。
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