うき親に言われるまま公務員になった毒親育ち。24歳の2月、リュック1つで家を出て、保証人ゼロ・貯金50万で自分の部屋を確保。10年勤めた市役所を辞め、今は「逃げ方の実務」を発信中。
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------------!特集記事!------------
「うちは毒親ってほどじゃない…はず」と思いながら読んでいるあなたは必読。


5年後、親の支配に気づいて人生を取り戻せる人と、「考えすぎだよね」と流したまま30代・40代まで心をすり減らし続ける人の違いとは…?
なぜか「自分は大丈夫」と思い込んでいる人ほど気づけない【5つのサイン】を公開。



もしかして、自分は毒親育ちなのかもしれない。



こんなことを思う自分は、親不孝なのではないか。



親なりに頑張っていたのではないか。
自分が甘えているだけではないか。
あなたも、上のどれかに当てはまっていませんか?
僕は、全て当てはまった人間です。



●門限は17時。
●友達の家に泊まりに行くのは、大学生で一人暮らしするまでずっと禁止。
●破ったら激怒されて、そこから1〜2週間、口をきいてもらえない。
●理由を聞いても、返ってくるのは『よそはよそ、うちはうち』だけ。
そういう家でした…
あなたの家がこれよりマシか、
もっとしんどいかは、僕にはわかりませんが、
ただ、少なくとも僕は、
これを、ずっと「普通」だと思っていました
大学生まで、疑ったこともなかったです。
(たぶん、疑わないほうが生きやすかったんだと思います)
この記事は、
あなたの親が毒親かどうかを判定するために書いていません。
あなたが自分の感覚を疑うのを、
やめるために書いています。
数字も、僕自身の話も、そのために並べます。
- なぜ「うちは違う」で終わってしまうのかを、数字で見る
- 内側にいた僕が、あとから気づいた毒親の特徴7つ
- 僕が「うちは普通じゃなかった」と認めるまでにかかった時間
- 「毒親かどうか」を決める前に、知っておいてほしいこと
【うきのプロフィールと実績】
「実家にいれば生活は安定だし親孝行にもなるよね…」というありがちな義務感で実家にとどまるも、
過剰な監視・ヒステリックな暴言・自由のない生活などに発狂。1年は耐えたが、2年目で限界。ついに決死の家出を決意する。
しかし、届いたアパートの契約書を勝手に開けられて計画が親にバレ、「今すぐ解約してこい」と詰められる。
それでも引き下がらず、「解約してきます」と嘘をついて水面下で準備を続行。
親の監視下で働きながら、仕事帰りに1人で不動産屋へ通う日々。
約2ヶ月で準備を整え、保証会社を使って自分名義で部屋を契約。貯金をフルベットしてリュック1つで脱出に成功。
実家時代にずっと欲しかった「自分暮らし」を実現。
現在は当事者の立場から、同じように「出たいのに出られない」人をサポートしている。
親ばなれのイエ 実家を出たいのに出られない人へ|毒親から逃げ切る5STEPロードマップ ※本サイトにはPRが含まれる場合があります※今まさに身の危険を感じている方は、警察(110)または「DV相談プラス」(0120-279-889/24時間対応)へ。 ここから下が、「5STE...
毒親の特徴が「うちには当てはまらない」と感じるのは、あなたの鈍さではない


まず、「毒親」として数えられている家が、どれくらいあるのか。
なんとなくの感覚じゃなくて、
先に数字を見てみませんか?
「うちは大げさかも」とか「気にしすぎかも」の話ではなく、
「殴られたかどうか」で線を引くと、
いちばん数の多い家が最初から外に出る
ということが、数字を見るとわかります。



正直、僕も調べ直してみて、内訳のところでいちばん驚きました。
虐待として数えられている家は、いちばん外側でしかない
まず、「虐待」として数えられている件数から。
こちらが、児童相談所が対応した虐待相談の、種類ごとの内訳です。


(出典:こども家庭庁「令和6年度 児童相談所における児童虐待相談対応件数」)
いちばん多いのは、心理的虐待です。
全体の59.5%、13万3,024件。
そして、多くの人が「虐待」と聞いて思い浮かべる身体的虐待は、
23.5%です。
この数字は令和6年度のもので、
相談対応の件数そのものは223,691件です。
(前年度からは0.8%減っていますが、平成2年度は1,101件でした)(こども家庭庁
同資料)
ちなみに「心理的虐待」には、言葉による脅しや無視だけでなく、
子どもの目の前で家族に暴力をふるう「面前DV」も含まれます(こども家庭庁「児童虐待の定義」)。
それも、「殴られてはいない子」として数えられている家です。
「毒親って、殴られたり怒鳴られたりする家でしょ」
「うちはそこまでじゃないから違う」
って、なんとなく思っている人は多いと思うんですが、
もし毒親が「殴る・怒鳴る家」だけなら、
いちばん多いのが「手を上げない家」になるのは、おかしくないですか?



6割が心理的虐待、っていう内訳がまずびっくりで。
「殴られてないから、うちは違う」で外に出てしまう家が、
いちばん多いということでもあります。
そして、ここに出ている22万件というのは、
誰かが気づいて、
相談や通報にまで届いた家だけ
の数でもあります。
じゃあ、そこに出てこない家はどれくらいあるのか。
それが次です。
通報も相談もされない家のほうが、圧倒的に多い
次は、
その22万件が、誰から寄せられたかの内訳。


(出典:こども家庭庁 同資料 p.4)
いちばん多いのは警察等からで、
115,644件。全体の51.7%です。
そして、子ども本人から寄せられた相談は、3,394件。
全体の1.5%です。
100件のうち98件は、本人以外の誰かが気づいて動いた分ということになります。


(出典:龍谷大学 ReTACTION/三谷はるよ『ACEサバイバー』(ちくま新書))
大人の38.4%が、子どものころに何かしらの逆境体験があったと答えています。
「本当につらいなら自分で相談するはず」で説明できる数字ではないですよね。
声を上げられた家しか、数字には出てこないということが、よくわかります。



僕も、これを誰かに相談するようなことだとは思ってなかったです。
違和感が出ても、その日のうちに自分で片付けてました…
「うちの親って普通ですか?」と聞いている人が、実際に書いていること
知恵袋に2025年に投稿された質問に、
こんなものがあります。
きちんとした食べ物も与えてもらえるし、住む家もある、必要なものは買ってもらえる、学費も払ってもらえる、とても恵まれていると思います。
…それなのに、家が嫌いです。親が苦手です。
ここまで大切にされて、育ててもらって、それを言うのも違うと思いますが、親と一緒にいると落ち着かないというか、心臓がバクバクします。
(引用元:Yahoo!知恵袋)
「恵まれている」って、自分で書いてるんですよ。
ご飯も、家も、必要なものも、学費も。全部あると、本人が認めている。
それでも、家が嫌いだと書いている。
しかも僕がいちばん引っかかったのが、
「恵まれていると思います」と書いたその同じ文の中に、
「心臓がバクバクします」が入っていること。
で、「それを言うのも違うと思いますが」と、自分で先回りして取り消してもいる。
この人は、自分の感覚を書いたそばから、自分で打ち消してる。
質問の締めも「皆さんの親はこのようなこと言いますか?」でした。
自分がどう感じたかではなく、外の基準で答え合わせをしようとしている、ということでもあります。
本当に「気にしすぎ」なだけなら、
ここまで自分の感覚を打ち消しながら、
わざわざ知らない人に聞くでしょうか?



「本当につらい人は、そんな聞き方しないよ」って言う人にこそ、この文章を読んでほしいですね…
それと、心臓がバクバクまで行かなくても、「親といると、なんとなく落ち着かない」だけでも、この人と同じ構造ですからね。
いちばん見えにくいのは、仲がいい家
「「仲良し親子」「友だち親子」と呼ばれる親子が増えています。でも、実はそれが、知らず知らずのうちに子どもにとっての呪縛になっているケースがあるのです」/殴る・怒鳴るタイプだけが毒親ではなく、半数以上のタイプは子ども側から気づけないという指摘
(出典:高橋リエ『気づけない毒親』毎日新聞出版)
外から見ていちばん問題がなさそうな家ほど、
中にいる子どもからは見えにくい、ということです。
ここだけは公的な統計が見つからなかったので、
数字ではなく、専門家が本に書いていることとして読んでください。
それでも、「仲がいいから違う」という感覚自体が、いちばん外しやすいところだという指摘です。



僕も、自分の家を人に説明するときは「厳しい家」で済ませてました。
それ以上の言い方を、そもそも持ってなかったので…
それでも「育ててもらった恩がある」で、全部なかったことになる
ここまでの数字を並べると、
「殴られてないから違う」がどれだけ雑な線引きかは、
わりとはっきりします。
なのに、これを口に出そうとすると、
決まって返ってくるものがあります。



育ててもらった恩があるでしょ



親だって完璧じゃないんだから
とか、言われる。
というより、言われる前に、自分で自分に言ってます。
親なりに頑張っていたのではないか。
自分が甘えているだけではないか。
他の家庭よりはマシだったのではないか。
いやいや、じゃあ心臓がバクバクするのは何なの?
- いちばん多いのが、手を上げない家で、
- 子ども本人から声が上がるのは1.5%で、
- 大人の38.4%が子どものころの逆境を抱えているのに、
それを全部、「恩がある」の一言で片付けるのは、
さすがに無理があると思うんです。



毒親の元にいる本人からすると、
「恩があるでしょ」の一言がいちばんしんどいんですよね。
僕も、「あれ?」と思ったその日に、「恩があるし、多少はしょうがない」で終わりにしてました……
ちなみに、
僕自身がこの「恩がある」をどこで扱えなくなったのかは、
こちらの記事にまとめてます。
内側にいた僕が、あとから気づいた毒親の特徴7つ


じゃあ、
なかったことにされているのは、具体的に何なのか。
殴られてもいない、怒鳴られてもいない家で、何が起きていたのか。
内側にいた僕があとから気づいた7つを、ひとつずつ見ていきます。
先に言っておくと、
「いくつ当てはまったら毒親」という基準は、この記事には書きません。
僕はその数え方ではラクになれなかったので…
理由は後半で話します。
①「よそはよそ、うちはうち」で、全部が決まっていた
まずこれ。理由が、理由になっていない。
「親の言うことを聞くのが子ども」
なんて言い方は今どきしないと思いますが、
少なくともうちの家のルールは、
反論できるほど理不尽でもないけど、
納得できるだけの理由もない、
絶妙に問い返せないレベルでした。
家によっても差はあると思いますが、
門限は17時。小学校から高1くらいまで、ずっと同じ。
友達の家に泊まりに行くのは、高校生になっても禁止。
というのが、うちの基本の水準でした。



破ったら激怒されて、そこから1〜2週間、口をきいてもらえない。
理由を聞いても、返ってくるのは「よそはよそ、うちはうち」だけ。
子どもの側から動かせる部分が、何もなかったです…
ちなみに、他の家ではどうだったかというと、
(ネットに上がっている当事者の記録なので、あくまで一例ですが)
別の家で、進学先を決めるときに言われた言葉として記録されているもの。
「共学だと遊ぶから。」
理由の中身は説明されないまま、結論だけが先に決まっている。
という感じ。
そしてどの家も、
理由の中身が問われないまま通っているのが共通してますね。
ついでに、もう少し僕の話をすると、
僕の場合、この一言が出た時点で、
会話がそこで終わるのが普通で、
理由を聞き返すという発想自体が、なかったんですよね。
そういうものだと思っていたので。
これ、あとから本で読んで知りました。
心理学だとコアビリーフと呼ばれるものですね。
10歳くらいまでに刷り込まれた信念は、
「次にどうなるか」を予測するためのサバイバル戦略として作られる。
だから大人になっても、
その信念に従って判断し、行動し続ける。
もちろん、家によるし、
ここまで細かい家ばかりではないと思いますが、
どの家に生まれるかは、
こっちには選べない。
そりゃ、いくら子どもだからって、
理由もなく決められ続けたら、何も言わなくなりますよ。
こういう家で育つと、
自分の希望をまず言ってみるという手順が、
そもそも身につかないままになるんですよね…
この「言う前に飲み込む」が続くと、
自分を責めるのが自動化していきます。
僕が家を出てからいちばん引っかかったのは、
「よそはよそ、うちはうち」は、
本当は何も説明していないということでした。
よその家は関係ないと言いながら、
結論だけは先に決まっている。



理由を言わずに結論だけ渡されると、
納得していないのに、反論もできない状態になるんですよね…
しかもこの「うちはうち」は、
門限だけじゃなく、進路にも、友だち付き合いにも、
同じ形で出てきます。
最近は「毒親」という言葉が広まって、
ずいぶん語られるようになりましたが、
それでも専門家は、
殴る・怒鳴るタイプだけが毒親ではなく、半数以上のタイプは子ども側から気づけないと指摘しています。
「「仲良し親子」「友だち親子」と呼ばれる親子が増えています。でも、実はそれが、知らず知らずのうちに子どもにとっての呪縛になっているケースがあるのです」
(引用元:高橋リエ『気づけない毒親』毎日新聞出版)
まあそりゃ、
他の家の中は見えない、
中にいる自分にも見えない、
その状態のまま、
育ててくれた親でしょ〜
では、気づけないのも無理ないですよ。
②否定が、「しつけ」の顔をしてやってくる
否定のされ方って、
「褒めると調子に乗るから」
みたいな、
「もっとできる」「まだ上がある」
みたいな言い方、されたことないですか?
もちろん、家庭の事情も親の性格にもよりますが、
否定としつけが混ざったままになっている家は、
少なくないのではないでしょうか?
例えば僕の話をすると、
「素直で優しい、真面目な子」と言われて育ったのですが…
素直=言われたことに逆らわなかっただけ。
⬇︎
優しい=誰にでも合わせていただけ。
⬇︎
真面目=そう見えるように装っていただけ。
⬇︎
全部、褒め言葉の顔をしていました。
これを人に話したときに、
返ってきたのが、
まぁ、どこの親もそんなもんだよ(笑)
…いや、「そんなもん」って何??
まあ、言った側からすれば、
自分の家も似たようなものだったのでしょう。
でも、その一言で終わらされる側は、
たまったもんじゃない。
この「どこもそんなもん」で全部なかったことにされる感じは、
正直しんどかったですね。
でもこの空気、
いまだにありませんか?
- 褒められなかったことが「甘やかさない教育でしょ」
- やりたいことを止められたことが「現実を教えてくれたんでしょ」
- 理由を説明されなかったことが「いちいち説明する必要ないでしょ」
表向きは「大事に育てられたね」でも、
中身は「だから何も言うな」になっている。
しかも、中にいる本人がいちばん、おかしいと言えない。
(言ったら言ったで、
育ててもらっておいて何を言うんだ、になりますからね…)



ちなみに「素直で優しい、真面目な子」は、
今から振り返ると中身がなくて、誰にでも従って、自分の意見がないを言い換えただけでした。
当時は、褒め言葉だと思ってたんですけどね…
③制限には、必ず「あなたのため」がセットで付いてくる
やりたいと言うたびに、
先に理由がついてくる。
これがけっこう効きます。
小学生のとき、野球をやりたいと言ったことがあります。
返ってきたのは「お金かかるでしょう」でした。
お金の話を出された瞬間、
何も言えなくなる感覚。



反対されたなら、まだ言い返せたと思うんです。
心配の形をして来られると、
怒っていいのかどうかが分からなくなるんですよね…
※「あなたのため」で行き先や交際に口を出されるのが続いているなら、こちら
※このとき母が言ったことの全文と、僕が頭の中で思ったことは、こちら
④親の機嫌が、その日の家のルールになる
そして、
その日にやっていいことと、ダメなことが、
親の機嫌で変わる。
いや、もちろん、
「門限は17時」みたいに、
決まっているルールもあるんですよ。
でも、その日の家の中では、
「今日は話しかけていいのか」
「今日は黙っていた方がいいのか」
が、
その日にならないと分からない。
僕の場合、判断の材料は足音でした。
スリッパが床をバンッと叩く音がしたら、その日は何を言ってもダメな日。
冬の廊下の冷たい床の上で、リビングのドアの前で足が止まる。
心拍数が上がる。
そうやって、
家の中の空気を読む技術だけ
が、どんどん上手くなっていきました。
※親の機嫌に合わせ続けた結果、何が残るのかは
こちらの記事で書いています。



これ、能力が上がってるわけじゃないんですよね。
家の中でだけ通じる読み取りが、外では1mmも役に立たない。
むしろ、人の顔色を先に読むクセとして残ります。
実際、僕がそうでした。
⑤怒鳴られるより先に、いないものとして扱われる
毒親の話でいちばん語られにくいのに、
いちばん効くのが、これだと思っていて、
怒鳴られるより、
無視のほうがきつい。
まあ家によるでしょうが、
少なくとも僕は、
こっちのほうがずっとしんどかったです。
始まりは、門限を破った日です。
まず激怒があって、
そのあと1〜2週間、口をきいてもらえない。
食事のためにテーブルには、普通に座ります。
ご飯も出てきます。
テレビもついている。
家族は、普通に会話しています。



で、僕にだけ、会話が振られない。
何が悪かったのか、聞ける空気でもない。
という状態で、
ご飯の味が、まったくしない。
じゃあ謝れば終わるのかというと、
そもそも謝り方が分からないんですよね。
何が悪かったのかが、
そもそも分からないので、
「これをすれば終わる」という手順が、
どこにもない。
すると、結局どうなるか?
「自然に会話が始まるのを待つ」
しか、なくなります。
何日かして、
何事もなかったように話しかけられたら、終わり。
けど、終わった理由も、最後まで分からない。
という状態が、うちでは普通でした。



あとから気づいたんですけど、
僕も、絶対に謝れなかったんですよね。
どっちも謝らない。
理由も言わない。
自然に解決するのを、ただ待つ。
これを「揉めたときの解決の仕方」として覚えてしまったのが、
いちばん厄介でした…
⑥親の不安を、子どものほうが引き受けている
「なんでも話してね」とか「あなたの好きにしていいのよ」とか、
言葉だけは自由なんですよね。
「相談してね」
「あなたの人生なんだから」
はいはい。
で、実際に相談できるかというと、
できないんですよね。
いや、聞く姿勢はあるんですよ。
ただ、こちら側からすると、
- 話す前に、まず機嫌を確認する
- 不機嫌になりそうな話題は、そもそも出さない
- 出すとしても、相手が落ち着いている日を選ぶ
- 結果、相談ではなく「切り出すタイミングの調整」になる
結局やっていることは、
親の機嫌の管理
なんですよね。
僕の場合、高3の春に、
「就職じゃなくて、大学に行きたい」
と、切り出したことがあります。
…これ、順番が逆ですよね。
判断していたのは、顔色ではなく声のトーンでした。
トーンを聞けば、その日に出していい話かどうかが分かる。
だから、
「この話をしたら絶対不機嫌になるな」と予測しながら話していた。



自分の進路の話なのに、
先に考えていたのは中身をどう伝えるかじゃなくて、
相手が不機嫌にならない出し方でした。
議題を出す係も、
機嫌を管理する係も、
なぜか子どものほうなんですよね…
結局この家では、
「話し合える家」の形だけは保ったまま、
不安を引き受ける役だけが、
子どもの側に置かれていた、ということではないでしょうか?



これも、あとで本を読んで知ったんですけど、
共依存とかアダルトチルドレンの文脈で説明される形ですね。
親の機嫌を先回りして察知して動く。
親の不安の解消を、子どもが担う。
当時は、そういう名前がついているとも知らなかったです。
⑦外に出て、初めて「普通じゃない」と知る
ここまでの6つを全部まとめると…
- 理由が、理由になっていない
- 否定が、しつけの顔をしている
- 制限に、必ず「あなたのため」が付く
- その日のルールが、機嫌で変わる
- 怒鳴られるより先に、いないものとして扱われる
- 親の不安を、子どもが引き受けている
並べてみると、けっこうな数なんですよね。
でも、毒親の元にいる間は、
ひとつも問題だと思っていませんでした。
これが、いちばん厄介なところです。
これだけ揃っていたら、
誰かに「それって親からの束縛じゃない?」くらい言われそうなものですよね。
それなのに、
毒親の元にいる間は、比べる相手がいない。



僕が気づいたのも、
自分で気づいたわけじゃないんです。
外に出る機会が、たまたま来ただけでした…
※家を出るという話の全体像は、
脱出ロードマップにまとめています。
僕は18歳のとき、初めて一人暮らしをしました。
四畳半の1部屋のみの学生寮でした。
門限がない。
機嫌が悪くて空気が凍ることもない。
自分のペースでご飯を食べて、風呂に入れる。
「こんなに自由な生活ってないな」と感じました。
じゃあその時点で気づいたかというと、
「実家は窮屈だな」で止まっていました。
比べる材料はできたのに、
それを「おかしい」と呼ぶ言葉がなかった。
この、
「言葉がない」
という状態こそが、
気づけなさの正体だと思っています。



一人暮らしを始めても、
僕が言えたのは「実家は窮屈だったな」まででした。
自由だと分かっても、
それを「おかしかった」と呼ぶには、まだ足りなかったんですよね…
【体験談】僕が「うちは普通じゃなかった」と認めるまで


ここまで7つ並べてきましたが、
これ全部、僕が実際に通った道をなぞっただけです。
僕自身が、この全部を食らって、24年かけてやっと気づいた人間です。
- 門限17時を「厳しい家だな」としか思っていなかった
- 友達との会話で、うちが「変」だと知った
- それでも「育ててもらった恩がある」で片付けた
- 「お前って中身無いよな」と言われて、笑ってごまかした
「うちもそうかも…」「あ、これ近いかも…」
って思いながら読んでもらえたら。
門限17時。それを「厳しい家だな」としか思っていなかった
小学生から高1くらいまで、
うちの門限は17時でした。
友達の家に泊まりに行くのも、禁止でした。
特別な日でも、行事の前の日でも、変わらない。
破ったらどうなるかは分かっていたので、
そもそも、破ろうとしたことがほとんどなかった。
小学生に、それ以外の選択肢はないですよ。
一度だけ、理由を聞いたことがあります。
なんで17時なの、と。
返ってきたのは、これだけでした。
よそはよそ、うちはうちだから。
あんたが気にすることじゃないの。
理由を聞いたのに、返ってきたのは理由じゃない。
今になって振り返ると、
「よそはよそ」は、何ひとつ説明していない。
よその家がどうかは関係ない、と言いながら、
結論だけが先に決まっている。
でも当時の僕には、
それを言い返す言葉がありませんでした。



当時は、「厳しい家なんだな」で終わってたんですよね。
おかしいとも、つらいとも思っていなかったです
※「理由になっていない理由」で決まっていく家の話は、
脱出ロードマップでも触れています。
友達との何気ない会話で、うちの門限が「変」だと知った日
「おかしいと思ったら気づけるはず」なんていうのは、
中にいる側からするとキレイゴトでしかないです。
高校のとき、部活終わりに、
友達とご飯を食べに行くことがありまして。
で、話の流れで門限の話になったとき、
友達の家のルールが、
うちとぜんぜん違うと分かりました。
うちは17時、泊まりは禁止。
友達の家は、門限も泊まりも、明らかに緩かった。
その場では、特に何も言いませんでした。
「へえ、そうなんだ」で流したと思います。
それで、何が残ったかというと…
- 他の家には、17時の門限がない
- 泊まりを禁止されていない
- 理由を聞けば、理由が返ってくる
- そして、そのどれもが「普通」らしい
しかもその話をしていた友達は、
別に自分の家を
特別いい家だとも思っていなかった。



このとき初めて、うちが基準じゃないと知りました。
ただ、「じゃあうちはおかしいんだ」までは行かなかったんですよね。
知ったのと、認めるのは、別なんだなと思います。
※比べる機会が来ないと気づけない、という話は、
こちらの記事でもう少し詳しく書いています。
それでも僕は、「育ててもらった恩がある」で片付けた
あの日のあと、少しだけ考えました。
うちは、変なのかもしれない、と。
頭の中で何度も並べ直して、
これはやっぱりおかしい。
絶対おかしい。
そのくらいまでは、思ったんです。
結果、
その日のうちに、自分で片付けました。
そもそも、頭の中で言葉にしようとすると、
自分で並べてて
「これ、大したことなくない?」
って、自分で思うんですよ。
まず、「うちがおかしい」と言える材料なんて、
門限が17時だったこと
友達の家に泊まりに行けなかったこと
くらいしか、出てこないし。
言葉にしてみても、
「殴られた」とか「ご飯を出してもらえなかった」みたいな
分かりやすい話が、何もないので、
- 「厳しい家だった」とか
- 「ちょっと過保護だった」とか
- 「まあ、心配性なんだと思う」とか
それくらいしか、言えることがなくて。
自分でも大げさかなというか、
どこの家にもありそうというか、
これで「毒親」は言いすぎだよな…と。



この時点で薄々、
「これ、人に話しても伝わらないやつだな…」
って思ってましたね
とはいえ、
新しい材料が湧いて出るわけでもないので、
そのまま抱えておくしかない。
そしたら、
「育ててもらった恩がある」が出てくるんですよね。
これが出ると、そこで全部終わるんですよ。
それでも、
たまに違和感がぶり返すこともありました。
でも、頭の中で
「じゃあ、何をされたの?」と聞かれて、
一生懸命考えて出てくる答えが、
- 「門限が厳しかった」
- 「泊まりに行けなかった」
みたいなことしか、出てこなくて。
我ながら、どう考えても、
本人にとってはしんどかったとしても、
「育ててもらった恩」の前では軽すぎるんですよね。
自分で自分の話を、途中から信じなくなっていく。
思い出すたびに、自分の大げささを突きつけられる。
あれは地味にきつかったですね…



今なら分かるんですけど、
「育ててもらった恩がある」は、僕が自分を黙らせるために使っていた言葉でした。
親に言われて黙ったんじゃなくて、
自分で自分に言って、黙ってたんですよね…
「お前って中身無いよな」と言われて、笑ってごまかした
高校生のとき。
教室で、みんなで雑談していたときでした。
家の話をしていたわけでもない、
ただの雑談です。
そして、同級生にふいに言われたのが
お前って中身無いよな笑
笑ってごまかしました。
言い返す言葉は、出てきませんでした。
何を言い返せばいいのか、
まったく分からなかった。
当時は、ただの軽口だと思っていました。
実際、その場は笑って終わっています。
でも今になって分かるのは、
言い返せなかったのは、言い返す材料がなかったからだということ。
自分の意見を持つ経験を、
家の中で一度もしていなかった。
そしてこの一言だけが、
なぜかずっと残ったんですよね。
何年も経ってから、
この一言がいちばん的を射ていたと、
認めることになりました。
これが、最後のひと押しでした。
家の中で起きていたことと、
自分の中身のなさが、
初めて1本の線でつながりました。
ちなみにその後、
24歳の2月にリュック1つで家を出ました。
今はこうして、自分の言葉でこの話ができます。
ただ、長くなりすぎるので、そのあたりは別で話しています↓
「毒親かどうか」を決める前に、知っておいてほしいこと


では、「毒親かどうか」を決める前に、
何を知っておけばいいのか?
僕の実体験から、
「これは順番が違った」とか
「これを先に知りたかった」とか
そういうのを全部ひっくるめて、
今のあなたが何をしなくていいかを、まとめていきます。
僕も、「当てはまる数」を数えた。全部当てはまった。それでも楽にはならなかった
毒親かどうか調べている人が、
いちばんやりがちなのがこれ。



もしかして、自分は毒親育ちなのかもしれない。



こんなことを思う自分は、親不孝なのではないか。
気持ちは痛いほどわかります。
というか、僕もまったく同じことをしました。
夜中にスマホで、チェックリストの当てはまる数を数えたんです。
数えながら思っていたのは、
「できれば当てはまらないでほしい」でした。
先ほどお話ししましたが
(クリックで記事内に飛びます)
門限のことも、無視のことも、「厳しい家だな」で片付けてきました。
それでも、引っかかりだけは消えなかった。
だから「毒親」という言葉があると知って、
当てはまる数を数えました。
でもこれ、
正直なところそんなに珍しい話じゃないですよね?
「毒親」という言葉が広まった分、
自分の家を採点しようとする人が増えていることを考えれば、
なおさらです。
それに、
- チェックリストでは、そもそも判定できない
- 仮に全部当てはまっても、次の日からも何も変わらない
- 数えている間ずっと、自分の感覚のほうを疑い続けることになる
疑い続ける癖は、勝手には消えません。
僕は、この癖に24年付き合いました。
「まだ決めつけるのは早い」が、
「まだ」のつもりのまま何年も過ぎます。
僕がそうでした。



「うちはそこまでじゃない」と思ってたんですけどね。
数え終わったあと、全部当てはまってました…
正直に言って、経験上、
「まだ分からない」にしておくのは、
「決めなくていい」という意味では、ラクなんです。
自分の感覚を、自分で信じる必要がないから。
しかしそれは、
「決めないで済む」を選ぶ代わりに、
自分の感覚が正しかったかどうかの採点を、
ずっと親に任せ続けているのと同じです。



採点する側は、
採点基準を教えてくれないんですよね。
だから、いつまで経っても終わらない
そして、1年疑い続ければ、
自分の感覚を信じられない期間が1年分伸びます。
そうしてズルズル数え続けた結果が、
「毒親」という言葉に行き着いてもなお、
翌朝の家の空気は1ミリも変わらなかった、
という結末でした。
そもそもなぜ数えてしまうのか?「自分の感覚より親の説明を信じる」が諸悪の根源
じゃあなぜ、
「数えて確かめる」しか思いつかないのか。
理由はシンプルで、
「自分の感覚を、信じたことがないから」
じゃないでしょうか?
- 自分が「変だ」と思っても、必ず親の説明が上書きしてきた
- 説明のほうが正しいことになる経験を、数えきれないほど積んでいる
- だから、判断は自分の外に預けたほうが早いと学習している
だから、自分の感覚より先に、
外にある基準を探しにいく。
心理学では学習性無力感と呼ばれる形に近いです。
何をやっても無駄だと学習すると、抵抗も逃避も試みなくなる。
この
「自分の感覚より、親の説明を信じてしまう」
「判断を、いつも自分の外に預けてしまう」
こそが、
あなたを長く苦しめてきたものの正体だと思っています。



知恵袋のあの質問、
締めが「皆さんの親はこのようなこと言いますか?」なんですよね。
自分がどう感じたかじゃなくて、
外の基準で答え合わせをしようとしている。
僕もまったく同じでした。
「どこから手をつければいいのか分からない」と感じていたら、
脱出ロードマップもどうぞ。
「毒親でもいいし、そうじゃなくてもいい」。決めなくていいと知るだけで変わる
でもね、
もし今のあなたに、
毒親かどうかは、決めなくていい。
決めないままでも、自分の感覚は信じていい。
というカードがもしあったら、どうなるか?
- 親に何か言われても、
「これは私の感覚がおかしいわけじゃない」って思える。 - 実家に帰っても、
「合わないだけだ」で済ませられる。
このカードを1枚持ってるだけで、
同じ毒親の元にいても、
自分を疑う時間がまるで違うんですよ。
「毒親か、そうじゃないか」って
二択で考えなくていい。
大事なのは、
「毒親でもいいし、そうじゃなくてもいい」
どっちでも、あなたが感じてきたことは本物だったと知っていること。



僕が楽になったのは、家を出た瞬間じゃなくて、
「あれは普通じゃなかった」と自分の言葉で言えた瞬間でした。
ある精神科医が、こう書いていたんですけど、
「それは性格ではなく、生き延びるために身につけた反応かもしれない。」
僕はこれを読んだとき、力が抜けたんですよね
まあ、僕の場合は結局、家を出たんですけどね。
※「じゃあ実際どうなったの?」という方は、
こちらの体験記事もどうぞ。
僕が「あれは普通じゃなかった」と言えるようになるまでにやったこと
全部当てはまったのに、
何も変わらなかったあと。
僕がやったのは、
家を出ることでした。
24歳の2月、リュック1つで家を出ました。
そこから約1年、親とは一切連絡を取っていません。
※詳しくはこちら
その1年で、
初めて「自分の人生」を生きている感覚がありました。
あとになって、当時の彼女に
「本当に楽しそうに笑うようになったよね」と言われました。
ただ、楽になったのは、
彼女がいたからじゃなくて、
親の監視がない生活そのものでした。
「じゃあ、どうやってそこまで行ったの?」
って思ったら、
詳しい話はプロフィールにまとめてるので読んでみてください。
で、
「じゃあ、何から見ればいいのか」という方には、
脱出ロードマップに全体像をまとめています。
読むだけでもいいので、気になったら覗いてみてください。
※詳しくはこちら
まとめ:毒親の特徴で、いちばん見落とされているもの


この記事では、
- 「殴られてないから違う」で外に出てしまう家がいちばん多い、と数字で見ました
- 内側にいた僕があとから気づいた特徴を7つ並べました
- 僕が「うちは普通じゃなかった」と認めるまでを話しました
そして僕が最後に伝えたいのは、たった1つ。
「毒親かどうかは、決めなくていい」というカードを、
今のうちに持っておいてほしい。
「いきなり縁を切る」ではなくても、
それさえあれば、毒親の元にいても、
自分を疑う時間がまるで違います。
残念ながら、
家の中の説明の仕方は、こちらからは変えられません。
(おそらく、あなたがそれをいちばん実感しているでしょう)
待っていても、判定は下りてきませんからね。
誤解しないでほしいのですが、
僕はあなたの親を悪者にしてほしいわけではありません。
ある精神科医が、こう書いていました。
「苦しかった、という事実は、誰かを断罪しなくても存在していい。」
(三浦暁彦「自分が毒親育ちかもと思ったら、まず読んでほしいこと」note)
親を悪者にしなくても、
あなたが苦しかったことは、それだけで成立する。
むしろ、断罪しないと苦しさが認められないと思っているうちは、
ずっと親の評価に引きずられたままになります。
しかし、親を悪者にしなくても、
「よそはよそ」で全部が決まってしまう家の作りは、
やっぱりおかしかったと思っています。
大体、「毒親」という言葉がこれだけ広まっても、
「半数以上のタイプは、子ども側から気づけない」という専門家の指摘は、
ほとんど知られていない。
だから、殴られてもいない、怒鳴られてもいない人が、
「うちは違う」と思ったまま、
何年も自分のほうを疑い続けることになるわけですからね。
となると、この先ラクになれるのは、
「毒親かどうか」を決めた人ではなく、
「決めなくてもいい」と知った人
そういう人のほうです。
いま、自分の家のことを調べている最中で、



本当に、これでいいのかな。



でも、決めつけるのも違う気がする。
と、どっちつかずのまま止まっているのであれば、
変えられるのは、自分の感覚の扱い方だけです。
いきなりデカいことから始める必要はないので、
僕がそこからどうしたのかを読んでみる、
でもいいです。
1年疑い続ければ、
自分の感覚を信じられない期間が、1年分伸びる。
それだけの話です。
壊れる前に、とは言いません。
ただ、疑うのを一回やめてみるだけでも、
たぶん、だいぶ違います。
やり方は簡単で、
次に「考えすぎかな」って言葉が浮かんだら、
その一回だけ、「いや、そう感じたのは事実」と言い直してみてください。
それだけでいいです。
「このまま親の言いなりで生きて本当に大丈夫だろうか…」
「でも、何から始めればいいかわからない…」
そんな毒親育ちのあなたのために脱出ロードマップを作りました。
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